原典『平家物語を聴く会』感想・レポ・レビュー

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原典「平家物語を聴く会」第29回 平家物語の夕べ



【演劇の無限な可能性が凝縮された一夜】

「平家物語」というと、古典にあまり馴染みのない人には、なにかモヤモヤした源氏と平家が出てくるお話の固まり?といったイメージかもしれません。
しかし、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。奢れる人も久しからず…」と聞けば、誰もが知っている有名な冒頭の一行と判るでしょう。
そんな定番中の定番である「祇園精舎」を、正装の一僧侶に扮した中村吉右衛門が、能舞台で朗々と読み上げます。
琵琶の代わりにギターと笛と打楽器が、ときには声の一部のように、あるいは風や木々のざわめきや、大気を震わせる落雷のように風景を立ち上がらせ、あっという間に観客は朗読の世界に誘い込まれます…。
鎌倉時代に成立し、およそ800年にわたって読み継がれ、語り継がれてきた「平家物語」は、全十二巻、194話から成る物語です。
現代から見ると、大きな樹形図を描くような一大群像劇で、主人公となる人物も各話によって違い、源義経を主人公にすえた物語は特に人気が高く、「安宅」や「義経千本桜」などのように、能や歌舞伎の作品にも派生して親しまれてきました。一方で、平清盛を主人公に描いた作品と言えば、2012年の大河ドラマ「平清盛」が画期的だったのではないでしょうか。
実力で手に入れた権力を私利私欲のままに振るい、滅ぶべくして滅んだ“盛者必衰”の象徴的な人物とされてきましたが、「平家物語」の中では、天皇家を陥れ勝手に遷都をした極悪人、悪辣で信心のない非道などと、さんざんな筆致です。
そんな清盛を松山ケンイチが演じ、武士の世を夢見た熱い革命家として写実的に描いたドラマは、現代の多くの人々の心をとらえました。
実は「平家物語」の中にも、こんな救いのない人物でありながら、どこか神から遣わされたような尊い様子があるという、なぜか筆が滑った?と思わせるような記述が、わずかに存在するのです。「平清盛 生誕900年記念公演」と銘打たれた本公演は、近年の平清盛への再評価をふまえ、鎮魂の意図にふさわしく、本質的でシンプルながら贅沢な趣向がこらされていました。


平家物語には、文学・軍記物語としての側面と、琵琶法師などによって語られてきた「平曲」としての側面があります。
本公演主催の『原典「平家物語を聴く会」』は、「平曲」のなかでも最もスタンダートな「(明石)覚一本」を朗読する舞台を、数年に一度催しています。
今回の公演では、前半が、中村吉右衛門による「祇園精舎」、若村麻由美と中村吉右衛門による「入道死去」、「慈心坊」、「祇園女御」。後半は、狂言の野村萬齊が、木下順一郎による現代劇「子午線の祀り」を新演出および主演し2017年の読売演劇大賞を受賞した舞台から、一部分を再構成したものです。
「平家物語」に題材をとった現代劇の金字塔として名高い「子午線の祀り」は、源平合戦の最終場である壇ノ浦の合戦を舞台に、平知盛と源義経を中心とする人間達の運命的な葛藤と苦悩を、時空を超越した天の視点から描く、というスケールの大きな現代劇。
また、登場人物の台詞劇に、「平家物語」の朗読と身体表現とを組み合わせる「群読」という独特の形式を打ち立てたことも大きな特徴です。
本公演の前半部分は、座って朗読する俳優の声や呼吸、仕草という定点の“静”の芸術性を、後半は、最大で9名が勇壮に声を合わせてシーンを描写する“動”の芸術性を見事に浮かび上がらせ、朗読劇の豊かな可能性を提示しています。
能舞台で朗読、というと、なんだか敷居が高くてピンと来ないと思われるかもしれませんが、実はこれこそが、超現代的で最先端な演劇空間なのではないかと思える、目からウロコな体験です。突きだしたコンパクトな能舞台は、観客が囲むように座るどこからでも立体的に見渡せる上に、天然檜に囲まれたアコースティックな空間です。能舞台そのものが舞台美術である上に、達人による朗読と音楽の音響は抜群。インスピレーションに満ちた驚きの連続です。


公演データ

2018年6月29日(金)
国立能楽堂
企画・制作:橘 幸治郎
演出:笠井賢一 野村萬齊
照明:橋本和幸
衣裳・ヘアメイク:細田ひな子
音楽:藤舎名生 村治香織 橘政愛

出演
中村吉右衛門 若村麻由美 野村萬齊 月崎晴夫 時田光洋 神保良介 西原やすあき
遠山悠介 武田 桂 浦野真介 森永友基

ペンネーム:Ganz Pause
好きな舞台のジャンル:演劇、寄席、ジャズ&ロック
タイムマシンで観に行きたいもの:1900年のパリ万博

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