俳優座劇場プロデュースNo.103『罠』感想・レポ・レビュー

感想・レビュー

俳優座劇場プロデュースNo.103『罠』

罠を仕掛けられたのは、誰?

1950~60年頃とおぼしきフランスのリゾート地、シャモニー郊外。新婚3ヶ月のダニエルとエリザベートは、アルプスを望むこの山荘にバカンスで滞在していました。しかし、些細なことで喧嘩になり、外出したエリザベートは数日間戻って来ません。
警察の捜査は進展なしだと報告に来たカンタン警部に、憔悴を隠さずに当たりちらすダニエル。入れ替わりに教区の神父が訪れ、なんと、奥さんを伴って来たと告げます。しかし、「あなた、ただいま!」と現れたのは、ダニエルの全く知らない別人でした。この女が仕掛けた罠に違いないと激しく抵抗するものの、一切の状況証拠はダニエルに不利に働いてゆくばかり。翻弄されるダニエルは、果たして狂ってしまったのか、それとも…。


俳優座劇場プロデュース『罠』観劇レビュー

どんな舞台においても、最初のシーンは重要です。最初に発する一言が主人公のものであるなら、なおのこと。私たちは彼がどんな人でどんなシチュエーションで何が起きているのか、瞬間的にあらゆる情報を汲み取るべく、貪欲なまでに見つめてしまうからです。彼(石母田史朗)は、瀟洒なロッジの客間でソファを独り占めし、ヨレヨレのガウン姿で頭を抱えています。まるで我々観客の視線が耐えきれないかのように、不安と焦燥をあらわにした口調で彼は心情をつぶやきます。…彼、大丈夫かな。あんまり大丈夫じゃないみたい。パンフレットにサスペンスって書いてあるってことは、いなくなった奥さん、死んでるんじゃない?…え、違うの?ええっ、この人たち大丈夫??
傑作サスペンス「罠」は、こんな調子で、最初から最後まで盛大に疑問符が立ち続けます。
なにしろ、6人の登場人物全員が、とてつもなく怪しくなってゆくのですから。正気と狂気、善と悪の境界が揺れ動き、すり替わるなかで、私たち観客が最初に目にしたダニエルの姿は一体どうなってゆくのでしょう。目の前で繰り広げられる華麗な欺きの連続と真相を推理する楽しみで、あっという間に2時間が過ぎてしまいます。

俳優座劇場プロデュースの本公演は、文学座、青年座、円企画他の実力俳優陣による贅沢なキャスティング。ほんの一瞬の仕草やたたずまいにも、さまざまなヒントが隠されているという謎解きのお約束が、緊張感と笑いの見事なバランスで構築されていて目が離せません。演出の松本祐子は、サスペンスの本質は筋立てよりも行間に書かれている謎にあると喝破し、細部の小道具にまで丁寧に施されたキャラクターの造形を、スピード感を伴って観客に心地よく提示してゆきます。舞台美術家・長田佳代子は第39回伊藤熹朔賞を受賞した、現在最も活躍が著しい作家の一人。一室のみの舞台セットは、安定した構図の中にちらちらと非日常性が垣間見える、見事に考え抜かれた段差と配置で物語と呼応しています。

原作者のロベール・トマ(1927-1989)は、日本でも作品の数々が上演されるフランスの脚本家。「一人二役」「殺人同盟」「8人の女たち」など、いずれもウェルメイドな作風のTVドラマや映画、舞台50本以上に名を残しています。特に1960年に発表された舞台「Piège pour un homme seul」は、アルフレッド・ヒッチコックが絶賛し、すぐに映画化権を買い取ったことが評判となり世界中で翻訳され、日本でも「罠」というタイトルでたびたび上演されています。本公演のための翻訳は、シェイクスピアからバーナード・ショーまで、翻訳劇における第一人者の小田島恒志・小田島規子夫妻。原文のフランス語と英語訳版の両方にあたり、丁寧に読み解かれています。

巧妙に張り巡らされたロベール・トマによる罠は、一体誰を絡め取るためのものだったのか、そしてそれが成功したか否かは、舞台を見終わったあとで密かに共有されます。正解を知ってしまえば価値が半減してしまう消費的なサスペンスとは一線を画す、演じるということの深淵が垣間見えるような、厳しくも見事なエンターテインメントとして長く愛され続ける作品です。本公演での「罠」は、みごとに成功しています。


公演データ

2018年3月9日~3月17日
俳優座劇場

キャスト

作:ロベール・トマ
翻訳:小田島恒志・小田島規子
演出:松本祐子
美術:長田佳代子
照明:賀澤礼子
音響:藤平美保子
衣裳:前田文子

男:石母田史朗(青年座)
警部:石住昭彦(演劇集団 円)
神父:清水明彦(文学座)
女:加藤忍(グランドスラム)
浮浪者:鵜澤秀行(文学座)
看護婦:上原奈美(劇団東京乾電池)
警官:保坂康幸、内藤正広

ペンネーム:Ganz Pause
好きな舞台のジャンル:演劇、寄席、ジャズ&ロック
タイムマシンで観に行きたいもの:1900年のパリ万博

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